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大人の証  川代


パソコンに向かうとき、文章を書いているとき、絵を描いているとき、本を読んでいるとき。私の日常にはコーヒーが欠かせません。四六時中、とまではいかなくとも少なくとも一日に一回はコーヒーを飲みますし、何よりもコーヒーが好きです。

コーヒーを好んで飲む私ですが、コーヒー嫌いの友人に「コーヒーの何がいいのかが理解できない。苦いだけで何にも美味しくないじゃないか」とよく尋ねられます。この質問が厄介で、こう聞かれてしまうと「はて、自分はいったいコーヒーのどこが好きなのだろう」と自問自問でなかなか答えにたどり着くことができなくなってしまいます。

コーヒーのかおりを愉しんでいるのかと自問すれば、決してそんなことはなく安いコーヒーでも十分満足できる私がいます。苦ければ良いのか、というのも当てはまらなくて、あまりに苦いコーヒーは砂糖を入れないとなかなかのどを通りません。でも、わたしはコーヒーが好きでコーヒーを飲んでいるのです。どこがいいというわけでなく、コーヒーが好きで飲んでいるのです。

小さいころはコーヒーなんてものは苦くて飲めず、コーヒー嫌いの友人が今言っているようなことをそのまま子供の口調で当時、コーヒーを飲む父親に尋ねていたように思います。それがだんだんに大人になるにつれてコーヒーを飲むようになり、しかしそのきっかけを思い出すこともできません。あるいはきっかけなんてものはなかったのかもしれませんが、今、私はコーヒーを好んで飲む人間になりました。それだけは確かです。

きっかけは思い出すことはできませんが、ふとこうやって思い返してみるとコーヒーを飲む大人の姿になにか憧れを感じていたような気がしてきます。私の記憶の中の大人たちはたばこをふかしながらコーヒーを飲んでいて、職員室の先生の吐く息はその両方が混ざったようなにおいがしました。同級生からはそんなにおいはもちろんしませんでしたし、そんな姿もしませんでしたから、コーヒーはひとつ大人の証のように感じていたのかもしれません。

だから、コーヒーの味にはさほどのこだわりがなく。そしてそれでもコーヒーを飲むのだろうと、コーヒーを飲みながら考えたのでした。
by kogaj | 2011-02-09 08:45

加齢で難聴になった高齢者が手話に挑戦する日々をリポートします

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