もうすぐ夏休み 古賀研究室


水戸・偕楽園にて
by kogaj
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
以前の記事
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

カテゴリ:ジャーナリズム( 68 )


原編集局長


今、朝日新聞の夕刊でこの人のジャーナリストとしての半生が連載されている。とても面白い。夕刊が届くのが毎日楽しみでならない。いまだかつてこんな経験はしたことがない。朝日新聞としては久しぶりの場外ホームランではないか。

書き手は、お目にかかったことはないが、知り合いの奥さんである。これからどんな展開になるのか。大体は予想できるが、裏切ってほしいものである。原寿雄さんは、私の以前働いていた会社の幹部である。入社の採用の時は、総務局長。駆け出しの頃は編集局長だった。

40年前のことであるが、入社のときの面接のことは今でも鮮明に覚えている。「最近読んだ本で面白いと思った本は何だ」と原さんから質問された。当時ベストセラーだった「自動車の社会的費用」を挙げると、かなり突っ込んで聞かれた。「車の犯罪性を鋭くえぐった本で、なかなかいい」と説明すると、原さんは、「君は、車がなくてマスコミは取材ができると思うか」と迫られた。

当方は、反論するうちに脂汗がにじんできた。最終的には、乗り切ったが、ジャーナリストの質問は手厳しい、的をついている、と恐れ入った記憶がある。入社すると、原さんは、今度は編集局長になっていた。毎週編集週報というのが支局に送られてくる。視点や切り口が斬新、鋭く、読んでいて凄い局長だと恐れ入った。その後、30年在籍することになったが、私は、この間で、最大、最高の編集局長だったと今でも思っている。
[PR]

by kogaj | 2011-08-12 21:57 | ジャーナリズム

茨城新聞に掲載

先日皆さんに告知しました茨城新聞の委員会の記事が昨日の朝刊に掲載されました。やや辛口だったかな。いずれにしろ、私のしゃべったことの何分の1かが掲載されてます。関心のある方は読んでくださいな。
[PR]

by kogaj | 2011-07-09 18:08 | ジャーナリズム

報道と読者委員会


c0018010_954584.jpg先週は茨城新聞の「報道と読者委員会」の集まりがあり、それに参加した。マスコミ各社は、開かれた新聞紙面をつくるため数年前からこの種の委員会を設けている。その茨城新聞版である。

今回のテーマは、東日本震災と布川事件。いずれも興味ある内容だ。出席者は、県の弁護士会会長の佐藤さん、生協コープの理事の河野さんなど。私も学識経験者ということで呼ばれた。いつも好きなことを言っているのだが、今回も辛口の発言を続けた。

大甘の発言もあったから、中和されて、ちょうどいい具合の紙面批判となった。中身は、新聞紙面に来週くらい掲載されるので、それをご覧くださいな。写真は前回の会合で、いちばん右が私です。
[PR]

by kogaj | 2011-07-04 09:03 | ジャーナリズム

神楽坂 マスコミ学会

学会で驚いたのは、初日午前に予定されていたセッションと2日目TBSの記者が予定していた学術講演が突然キャンセルになったことである。朝早起きしていったのに残念だった。もう少し自宅で勉強できたのに・・・と少し残念。

学者の世界は意外に雑だから、まあ、こんなことがあるのだろうか。初日は、門前仲町のビジネスホテルに宿をとって宿泊。その前に、友人の尾崎氏と神楽坂で会って、旧交を楽しんだ。9月からサバチカルで海外に出かけるようだ。1年間。時間があったら寄ってみようかな。

その前に、朝日新聞や河北新報の友人らに誘われたのだが、先約があって残念だった。
[PR]

by kogaj | 2011-06-20 19:02 | ジャーナリズム

どんでん返し

小説や映画などで、その神髄のひとつがどんでん返しである。オーヘンリーの小説集によくみられるあれだ。「最後の一葉」や「10年後」などがそうだ。最後の一葉は、なかなか落ちない。なぜなら画家が描いたはっぱだったから。

映画などもそうだ。終わったと思ったらそうではなかった、もう一回ひっくり返る結末があるのが多い。先日テレビをみていたら、テレビでは久しぶりのどんでん返しがあった。見事なまでの結末のひっくり返し。見事であった。
[PR]

by kogaj | 2011-06-10 07:51 | ジャーナリズム

久しぶりの取材


c0018010_2238527.jpg先日久しぶりに上京し大手町、霞が関などを歩き回り取材。友人らにお目にかかる。大手町ビルの中で、旧知の友人にばったり会う。今、民間会社に出向しているとか。次回に一杯飲むことになりました。

歩き回るといろいろ情報が入る。足で稼げとはこのことだろう。かつての職場にも足をのばし、インターンシップの件で挨拶をしておいた。
[PR]

by kogaj | 2011-06-05 07:54 | ジャーナリズム

フェイスブック


フェイスブック、ツィッターなどいわゆるSNS(ソーシャルネットワーク)がウェブジャーナリズム一環として注目を浴びている。「どんなもんだろう」という興味も手伝って登録してみることにした。右も左も分からず、まだ、まだ初歩の段階である。だが、それなりに手ごたえもある。

登録するのはしごく簡単。グーグルなど検索サイトでフェイスブックのページを探し出す。会員として登録するページがあるから、そこで名前などを入力すればそれで終わり。会員になれる。この時に、職業、生年月日、出身大学、高校などを入力する。実名サイトだからこれは仕方がない。写真もアップする。

見方を変えれば、会員は、嘘をつかず、本音ベースで付き合おうという印象があって悪くない。自分の姿を写真として登録する必要があるのだが、これは必ずしも義務ではなないようだ。関係のない風景やまったく関係のない別人をアップしている人もいるようだ。

こういう会員とは情報を交換しないから、まあ、これでもいいのだろう。面白いのは、海外の友人と再会できることだ。意外にもフェイスブックに入っていた。故郷に戻った私の教え子と意見交換できるのもまた、楽しからずや、である。
[PR]

by kogaj | 2011-04-22 17:43 | ジャーナリズム

不謹慎か、アエラ最近号

朝日新聞の発行する週刊誌「アエラ」の3月28日号が表紙で防護マスクを付けた男性のアップの写真を掲載した。40年近く前に卒業した私の高校の同期のメイリングリストの中で、これが話題になっている。今のところ、その感覚の鈍さを問うものがアップされている。

そのうちの一つは、「国民の皆が力を合わせ、歯を食いしばって・・・という時にこの表紙は、商業メディアが抱える問題点を悲しいまでに露呈」「眉をひそめた」「ちょっとガッカリ」「失敗したね」という具合である。我が友人のブログによると、執筆陣のうちの一人が降りるとか。

どれどれと、私もみてみた。そう目くじらを立てる話ではないのではないかというのが最初の印象。もっと、オドロオドロシイものかと思った。こんな防護服を着て、皆さん作業をしているのか。現場を知らせる意味で使ったのかな、とも受け取れる。

ただし、キャプションの「放射能がくる」というのは、「売らんかな」の姿勢、センセーショナリズムが感じられる。行きすぎかもしれない。私の感覚が鈍いのか。それともこんなものなのか。議論がどう発展してしていくのか見守りたい。

一般的には日本のメディアは残酷な写真を嫌う向きがある。イラク戦争、アフガン戦争で
殺害された兵士の映像などはほとんど報道されない。現実から目をそむけるとの批判が付きまとう。

 今回の大震災でも津波のビデオの放映でメディアは、人が流される映像をほとんど使用してない。実は、大勢の人が流されている映像が結構あるようである。
[PR]

by kogaj | 2011-03-29 10:30 | ジャーナリズム

仁科明子


最近、テレビの画面で女優の仁科明子様にお目にかかることが多くなった。お歳を召したけれど往年の美貌は今なお失われていない。彼女が登場したのは、確か、私が高校に入った頃だった。後にピアニスト中村紘子のダンナになる庄司薫が芥川賞をとった「赤ずきんちゃんさようなら」がNHKでドラマ化された時の主役だった。

それまでは、ほとんど知られておらず、わずかこの1作でかなり有名になった。私もその優雅で都会的な、キラキラ輝く雰囲気に参ってしまった。文字通りファンになったのである。だが、その直後から、不倫騒ぎに巻き込まれ、というか、自分からそちらに走ったのであるが、芸能界から姿を消していた。残念に思ったのは私だけでなかっただろう。

その仁科明子が、地震以降、テレビ報道で頻繁に目にするようになった。これは別に悪いことではない。それもテレビ局で組織される公共広告機構(AC)のコマーシャルである。最近は、見飽きたから、これが出ると、チャンネルを変える。だが変えても同じ映像なのでげんなりする。

そこで疑問を持った。なんでここに来てACが頻繁に登場するのだろう。最初は年度末だから予算消化でやっているのか、と思っていた。だが、そうでもないようだ。あまり気がつかないのであるが、AC以外の他のコマーシャルが目に付かない、つまり放映していないのである。

今回の地震で企業がコマーシャルの放映を自粛しているようだ。その結果が、ACの連発なのである。友人はブログで、「ACという言葉が耳にこびりついてしまった」とぼやいていた。まさにそんな感じ。

地震報道が一服したら東電はどんなコマーシャルを流すのだろうか。かつてのファンヒーターで犠牲者を出した松下電器のような無味乾燥なやつを延々と流すのだろうか。
[PR]

by kogaj | 2011-03-21 16:02 | ジャーナリズム

琉球新報


今回の京都大学のカンニング事件について琉球新報の金口木下が実に面白い論評を書いている。大学人にとっては考えさせるものである。学生のカンニングは確かに悪い。金髪にピアスをしているというから若干斜に構えた所もあるのだろう。

 だが、少年法で人権を手厚く保護することが決まっている学生の不祥事をここまで大きく報道するのも確かに行き過ぎの観もある。でき心でとんでもないことを犯し、自殺を考えているかもしれない学生の更生をただただ願うのみである。

 試験監督をしっかりしていればこんなことは起きなかったはずとの議論もあろう。私も監督をやったが居眠りや本を読むことなどは決して許されない。頻繁にやれば受験生に迷惑なので、ゆっくり見回りをしたりもする。おかしな動きをしていれば分かるはずだろうに。後ろに座り監督するのがポイントでもある。


 以下が琉球新報の論説、金口木舌である。この意味は、社会の木鐸ということのようだ。

 東大構内で学生劇団の公演中、潜入した私服警官が学生に見とがめられ、謝罪文を書かされた。その時取り上げられた警察手帳から、学生や教授の動向・思想調査をしていたことが分かる。1952年のこと。特高警察の記憶も残る中、大学の自治をめぐる議論が起きた。劇団名から「東大ポポロ事件」
▼入試問題投稿による余波で、大学の自治の在り方を問う声がある。京大は安易に外部の介入を許さない自由な学風といわれる。それが不正発覚の翌日には被害届を出す方針を明らかにした
▼投稿者特定には警察の力を借りるしかないとの判断だろう。警察側は「昔ならためらって、こんなに早く相談しなかったと思う」。古典的な不正なら即退場で済んだ。今昔の感あり
▼大学は教育機関でもある。「これほどの問題にせずに済ます方法があったのでは」との指摘もある。想像を超える手法。防止対策とともに大学の自治も考える機会になればいい
▼冒頭の事件では、警官への暴力行為の容疑で学生2人が捕まった。その一人、千田謙蔵(ちだ・けんぞう)氏は留置場でさまざまな人と出会う。そして学ぶのは「壁塗りの民主主義」。世の中を変えるのは観念的思想ではなく、左官が壁を丁寧に塗るように民主主義を実践すること
▼卒業後、実際に故郷で市長を5期20年務めた。逮捕された19歳も今回のことから多くを学び、立ち直ることを願う。
[PR]

by kogaj | 2011-03-07 10:27 | ジャーナリズム