カテゴリ:友人( 58 )

虫の知らせ


c0018010_16534633.jpg8月中旬に県内のある大学で非常勤講師を務めることになっている。その関係で、その大学の近くに住む友人のことを、かつてのその上司に聞いた。すると、なんとこの10日にご逝去されたというではないか。一瞬、絶句、驚くばかりである。同時に冥福をお祈りせざるを得なかった。自分より年齢の若い方が亡くなるのを聞くにつけ、さびしい思いをする。合掌。

最後にお目にかかったのはいつだったろうか。一昨年の冬だったか。新橋のイタリア料理店でお目にかかった。腰痛がひどいということで、1時間ほどで帰宅された。その時に、既に全身にがん細胞が浸透していたようである。

そこにお邪魔するとたびたびお目にかかっていた。カラオケなども楽しんだ。記憶は鮮明ではないか、有名な花火なども一緒にみたのではなかろうか。

元気で、とても明るい人だった。頑張り屋で某6大学の大学院も夜間で卒業された。その関係もあって本社勤務になられたようだ。中高の子供さんを残されて他界された。葬儀に出席した上司であった友人は、「辛い葬式だった」と言っていた。さぞや参列者の多い葬儀だったろうに。この8月が初盆となるのだろうか。

友人は、私の問い合わせに、「虫の知らせなんでしょうね」と語っていた。実は、2週間ほど前に寺田さんのことが私の頭の中をよぎった。がんを格闘されていることを聞いたことがあるからだ。この瞬間がまさに、「虫の知らせ」だったのかもしれない。
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by kogaj | 2012-07-23 16:52 | 友人

友、遠方より来る


c0018010_7434245.jpg先日の休日の早朝、友人から我がパソコンに電子メイルが突然来た。夕刻に水戸に寄るという。たまたま空いていたので、OKと連絡。件の友人は、夕刻に現れた。

電話などの連絡はよくとっているのであるが、会ったのは1年ぶりくらいか。かつては同じ寮に寝泊まりし、職場も近く、毎日のように顔を合わせていた仲である。福島の方に出かけ取材をした帰りのようだ。最近出た文庫本を一冊いただく。巻末に、芥川賞作家の荻野アンナが書評を書いている。

腹も減ったし、水戸駅の周りで食事ということになった。駅周辺をぶらぶら歩いたのだが、一向に適当な場所が見当たらない。結局、一回りして戻り、駅近くの、ある居酒屋チェーン店に入った。流石に休日、ガラガラとは言わないがそれに近い状態。客にとってはそう悪くはない。

ビールを飲んで、いろいろ注文する。当店ナンバーワンという餃子も食してみた。意外にいける。2皿目も追加した。ビールからお酒に、当方はワインが好きだから、それに変える。これも味は、いずれも悪くはない。結構飲んだなあ。

そうこうするうちに、ウェイトレスと話を交わした。本学の学生だという。お隣さんのゼミの先生の所属のようである。これには心底驚いたが、平静を保って、「先生によろしくね」と声を変えておいた。水戸ではよくあることである。平静を保つのが教員の流儀である。
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by kogaj | 2012-05-25 07:41 | 友人

同窓会


帰省中に3つ同窓会があった。いずれも私的なやつだ。小学校の関係といっていいだろう。そのひとつは、実家の近くのイタリアンで敢行。女子会3人に男子が2人加わった。うち一人が小学校では、生徒副会長、中学高校では、いずれも生徒会長をされたつわものの女性、Iさんである。目が大きい美人で、出目金という綽名をつけられていたようだ。可哀そうに。

誰もが、県会議員などになられるものと思い込んでいたのだが、そうではなかった。幼稚園の先生になられ、そのまま家庭に入った。そんな感じの女性軍。あとはお巡りさんと私。6時半にスタート、10時ごろまでワイワイやっていた。45年前にひとっとび。面白かったなあ。
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by kogaj | 2012-03-13 23:19 | 友人

木村先生

今回の帰省は、鹿児島大学法文学部の木村先生との面談も目的のひとつであった。国際関係論を教えておられる先生で、ネットでも意欲的に情報発信されている。その発信力には驚くべきものがある。その秘密をご教授いただきたいとお目にかかった。

研究室にお邪魔すると目を見張った。まるで図書館の書庫である。うずたかく積まれた書類や本。足の踏み場もない。空間を作っていただき、お茶を入れていただいた。とにかく本ばかりである。国際関係論を深めるために1980年代にユーゴに留学されたという。

当時、共産圏陣営ながらも自主独立路線を歩んでいた。国際政治の中で、絶妙な生き方を続けるユーゴの秘密を学ばれたようだ。ちょうど昼時だったので、ランチをご一緒させていただいた。鹿児島では珍しい蕎麦屋に行く。かも南蛮を食したのであるが、かなりうまかった。

ホームページなどを読んでみると分かるが、木村先生は、多彩な先生である。マスコミ論から政治論、国際政治学、いろんな方面に見識を持たれている。これからも意見交換することで短い2時間を終えた。
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by kogaj | 2012-03-11 15:28 | 友人

ベートーベン第9交響曲


チケットがあるというお誘い。物見遊山の気分で都内のシンフォニーホールの音楽会に出かけた。先日にも出かけたので、今年はこれで2回目。見納めならぬ、聞き納めである。流石に第九、ホールは人でいっぱい。指揮者はロシア系の名前だな。

第4楽章が、中学校の教科書に「喜びの歌」でも掲載されていたこの曲は、一般にもよく知られている。第1章から合わせると、全部で74分。結構長い。皆さんがご存知のように合唱付き。オーケストラが総勢100人程度、合唱団がやはり100人。オペラ歌手かと見まがうようなキラキラした姿の4人もみえる。

2階の最前列の最高の席。全体がよく見える。オペラグラスを友人が持参したので、それで指揮者などをみる。第4楽章に入り、合唱が入りだすとやはり凄い。揺さぶるような歌声がホールを埋め尽くす。楽器の全開でありったけのパワーを吐き出す。新年を迎えるにふさわしい歓喜の歌である。

この曲の合唱の部分の歌詞がシラーの詩から取ったとは知らなんだ。耳の不自由なベートーベンがこの壮大な曲を生み出したというのも凄い。人間、努力すれば、障害を乗り越えて可能なんだなあと痛感する。

終了後は駅近くで祝勝会。今年もあと2週間程度となりました。最後に友人よ、ありがとう!!!
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by kogaj | 2011-12-19 07:35 | 友人

三途の川


先日久しぶりに旧友と交歓会。その場で三途の話がでた。出席者の実話である。20代の頃に、死亡直前まで行くような大変な思いをした経験を語っていただいた。その瞬間は、走馬灯のようにいろんなことを思い出すそうである。結構気分がよかったようだ。

そうするうちに三途の川の端まで来たとか。向こう岸が見えるところまで接近したといっていた。もう一人もまた同じように、三途の川まで来たそうだ。すると向こう岸に自分の死んだ両親がいたそうだ。両親は、まだまだ早い、こちらに来てはだめだと合図をしてくれて辛くも川を渡ることはなかったようだ。

本当に三途の川はあるのですなあ。私もいつ川わたることになるんですな。
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by kogaj | 2011-07-24 16:58 | 友人

久しぶりの東京


c0018010_1913826.jpg先日久しぶりに東京に行ってきた。定期路線が復旧したためである。1カ月ぶりくらいかもしれない。当然のことであるが、都内はいつもと変化はなかった。時間があったので八重洲地下街をぶらついた。

京橋へ抜けるところの地下街の店のほとんど閉鎖になっていた。地震でめちゃくちゃになったのかと思って、警備員に聞いたらそうではなかった。単に、入れ替えのようだ。地震後1カ月なので何でもそれに関連して考えてしまうな。

中央通り沿いに歩いて銀座方面に行く。道の両側で高いビルが並んでいる。その下を歩くとやはり地震のことを考えてしまう。揺れでガラスが割れ、上から落ちてきたとしたらどこに逃げようか。そんなことばかり考えていた。

友人と会って食事をした。話題はやはり地震の話だ。走行中の地下鉄が突然ストップしたりするそうだ。「地震のため停車です」との放送が流れるとか。余震が続く折は、歩いた方がいいのかね。

あの日は東京でも大変だったようだ。渋滞、交通機関も不便だったようだ。会社に泊まった人も少なくなったとか。停電で直ぐ寝た私は結構、運が良かったのかなと思ったぜ。
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by kogaj | 2011-04-04 19:08 | 友人

高級住宅街に住むリッチな友人からメイルをいただいた。なんでも都内の広尾、高輪などのセレブの集まる住宅街は、モノがあふれているそうだ。なぜなら、そこを拠点とする外国人の大半が国外、あるいは関西に移動し、もぬけの殻となっているためだ。(広尾の外国人向けスーパー⇒⇒)

スーパーには、下町の商店街では、枯渇しているミネラルウォーがあふれ、食料も十二分に積んであるそうだ。買いだめが続く被災地とは好対照をなしている。世間とはそんなものかもしれない。

大震災から2週間が経過。我が住居のある水戸もやっとそれ以前に戻る傾向が出ていた。常磐線を別にすると都内へのバス便も本日から以前のように戻るようだ。スーパーの入場制限もない。納豆を別にするとモノも店頭に戻ってきた。

昨日、余震が終息に向かっていると書いたが、今朝、結構大きな、しかも長い時間の揺れを感じた。三寒四温という言葉があるがそんな感じかな。
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by kogaj | 2011-03-28 09:14 | 友人

ドン、ドン、ドン-。水戸の超高級住宅地東原の我が本宅高級マンションのドアを早朝叩く音がした。ん・・・、なんだろう。おっとり刀で飛び起き、覗き穴に目をやると向こうに宅急便のオジサンの姿。鍵を外し、空けると、本宅主人宛ての段ボール箱を持った腹の出た男が突っ立っておった。

差出人を確かめる。ナヌ!心優しき我が友人の名前。それが飛び込んできた。ハンコを押して受け取る。早速空けてみた。隙間を埋めるために折り重なっている新聞紙を取り除くと、あるわ、あるわ、いろんな物資が入っていた。

トイレットペーパー、テイッシュぺーパー、カップ麺、コメ、カレーなどのレトルト食品・・・・。こんなに戴いて申し訳ないなあという気持ちが募る。いちばん下からは、乾電池が出てきた。我が家が一番切らしているものである。今、乾電池は貴重品だ。どこに行ってもない。ほとんどが買い占められている状況だ。

実はこの友人とは数日前に電子メイルの交換をしていた。大地震の安否を問う友人に対し、「大変だった」とあの日の一部始終を説明。「何か不足はありませんか」との要請に対し、「ウウン、別にないよ」「強いて言えば、乾電池かな」などと返事をしたのである。

気を利かせた友人がこれを送ってくれたのである。ありがたい限りである。人の情けをジ~ンと感じたなあ。まさに「情けは人のためならず」である。

私もうかうかしておれない。今回の地震の募金に早速走らなければ・・・・、そんなことを感じた瞬間であった。礼状を書いて近日中に投函しておこう。
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by kogaj | 2011-03-20 18:42 | 友人


講演会は、以前住んでいたマンションの近くの天婦羅屋「瀧口」で決行した。最初に私が1時間超、話をし、その後、質疑応答に移行。いろんな鋭い切り込みがあった。

私が良く披露し、そして結構、いろんなところで聞かれるフレーズがある。ある程度住み生活したことのある人は、英国だとほぼ100%、好きに成って帰ってくる。だが、米国だとこれが半々。

理由はなんだろう。私はギスギスしてない、優しい国だからだと思う。車を運転してみるとそれが直ぐに分かる。渋滞していても、車列に直ぐに入れてくれる。どこかの国とは対極にある。だから、隣から車列に入ろうとしている車を自分も入れてあげる気持ちになる。

老人を大切にする国でもある。バスなど公共機関に老人がのってくると若者は自発的に席を譲る。見ていて気持ちが良い。停留所や駅のホームで列を厳格に守る。違反者、つまり割り込みがいると、一斉に皆が咎める。

誤り、ミス、間違いにとても寛容だ。だから、自分が間違いを犯しても、他人はさほど目くじらを立てないし、咎められることもない。弱者に優しいということである。英国人は、「No problem!(何も問題はない)」 というフレーズをいろんなところで連発する。車の追突などの大事故でもこんなセリフを吐くから、弱ってしまう。「No!!! Problem!(いや!問題だ!)」 なのである。

とても住みやすい国ではあるのだが、裏を返せば、生活しているとイヤになってしまうこともある。業者との約束が守られないこと、先方が忘れていたりすることが多々ある。自分の担当範囲外には無頓着、腹が立つこともある。

だが、郷に入っては郷に従えである。ここで腹を立ててはならない。グッと我慢の子である。この寛容さは、英国製品にも反映される。いわゆる故障が多いのだ。ちょっとしたことでも目くじらを立てる日本やドイツなどでは、文句を言われないように製品の完成度を高める努力をする。

だが、英国はこれがやや落ちる。国際競争力がないのは当然ともいえる。(続く)
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by kogaj | 2011-02-05 08:09 | 友人

水戸・偕楽園にて