退却の準備

 大学は、来年3月で定年。それ以降の何年かは、特任や非常勤講師をしたいと考えているが、自分で思うように行くとも限らない。大学にも自宅にもたくさんの資料があるので、この整理をそろそろ始める必要がある。

 企業や団体の社史を廃棄するのはもったいないと考えている。誰かに差し上げることになるが、相手が見つかるとは限らない。その際は、廃棄かな。これから1年かけて少しづつ廃棄することになる。


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by kogaj | 2018-01-21 10:36 | 大学生活

卒業論文

 正月の仕事始めに、奥さんが大学教授の友人と飯を食った。奥さんが今、「なんで私が院生の卒業論文を書かなきゃならんの」とぶつぶつ言いながら机に向かているという。教員でゼミ生の提出した論文をみると、最初は箸にも棒にもかからないのが少なくない。2-3か月かけて指導してやっと論文らしくなる。

 時間を掛けて、それらしい論文を書いてくれ、成長が確認できるのであれば嬉しい。指導教員の冥利に尽きる。だが、タイムリミットもあり、そうでない場合もある。その時は、アメフットでいうスクランブル、教員が書くことになるのだろう。「分からないだろう」と考えるのか、小保方女史で知られるようになったネット上の記事などを貼り合わせたコピペ論文を出してくる、決して真面目とは言えない学生もおり、なかなか難しいところである。
 

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by kogaj | 2018-01-20 09:28 | 大学

カ・ン・ゲ・キ

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先般開かれた月例の教授会の終了後に郵便棚をみたら、友人からの手紙。「何だろう」とはさみで封を切ると、中から出てきたのが、2つの展覧会の招待券でした。ひとつは、東京国立博物館で開かれている京都・仁和寺の文物の展覧会。

もうひとつは、2月から西洋美術館で開かれるプラド美術館の展覧会。25年前にマドリッドの本館へ行って以降、ご無沙汰している。いずれも楽しみにしていたイベントである。都合をつけて、行きたいものである。送付いただき、本当にありがとうございました。

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by kogaj | 2018-01-19 09:52 | 日記

恐ろしい時代

8年前から所属しているフィットネスクラブのシャワー室に先日、異様な張り紙があった。「シャワー室での排泄行為を現認したら脱会処分とします」という趣旨であった。どうも、ガラス張りのシャワー室であることをいいことにこの中で、排便行為に及んだようである。

愉快犯か、それとも入浴中にもよおして、そのまま行為に及んだのか。浴室の外には、トイレがある。愉快犯か。臭い思いをして愉快犯でもないだろう。発見された当時の浴室はどんな雰囲気だったのだろうか。異様な臭気が蔓延していたことだろう。係員も大変な思いをして処理に当たったに違いない。何とも、恐ろしい時代になったものである。

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by kogaj | 2018-01-18 09:37 | 大学生活

阿部ちゃんをしのぶ会

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昨日は、大手町で私の友人のしのぶ会が開かれた。昨年12月に仕事で訪れた岐阜で急逝された。私より若干若い62歳か。平均寿命が80代の中で、早すぎる死である。

 話はしたことはなかったが、大学時代からその風貌は気になっていた。当時から活動家で大学キャンパスでは目立っていた。実際に話をしたのは、私がロンドン勤務から帰国した1995年5月ごろだ。いろんな話をして、日本経済のあるべき姿などを議論した。

 しのぶ会には、100人以上の友人が詰めかけていた。故人の人徳をしのばせる集まりであった。合掌

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by kogaj | 2018-01-16 11:47 | 友人

センター試験

「なんでそうなの」と疑問をもつほど当局がピリピリする大学入試センター試験。2日間の日程が終了しました。良かったなあ。大学は、これから本格的な入試シーズンに突入します。

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by kogaj | 2018-01-14 22:40 | 大学

ゼミの新年会

ゼミをふだんより早く終えて大学近くの焼き鳥屋で新年会。2年、3年生、4年生合計し20人弱。風邪などで体調がすぐれず3人が欠席した。インフルエンザが流行しているので、万一を考えてのことである。半年くらい前にオープンしたお店で、普通の焼き鳥屋と思い込んでいたのだが、入ってみると清潔でなかなか良かった。

終了前の4年生同志のディベートでは、消費税値上げの是非を議論してもらった。税制などは素人なのにもかかわらず、結構骨太の議論をしてくれた。不敗神話を誇っていたN君がやはり勝利した。4月以降は、福島県内の高級フルーツを幅広く手掛けるお店で仕事をする。私は、弁護士とか議員が向いていると思うのだが、本人はいたってその気はナシ。

 残念ながら負けたT君は、福島県内の放送局での仕事がまっている。総合職なので、記者になるのか、アナウンサーか、はたまた、営業なのか、ふたを開けてみなければ分からないようだ。午後9時半過ぎにはお開きとなる。

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by kogaj | 2018-01-12 14:31 | ゼミ生

4大学5ゼミコンペ

先週末、立教大学の池袋校舎で、立教、法政、大正、茨城大の5つのゼミ生によるプレゼンテーションのコンペを実施した。5年前にスタートして今回は5回目。今年こそグランプリと行きたかったのであるが、残念ながら2位だった。来年は捲土重来、トップを目指したい。

 私のゼミが発表したのは、ストーカー対策の提言、立教は、選挙、大正大は、屋台の考察、茨大のもう一つのゼミは、戦争の記憶だった。5人の審査員のうち、我がゼミは、2人が押してくれたが、ライバルのゼミは3票を取り、残念無念。

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by kogaj | 2018-01-09 20:26 | ゼミ生

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 アイルランド出身のピーター・サザーランドが死去した。71歳だった。今から約20年前の1990年代中盤は、スイスのジュネーブでウルグアイランド(新多角的貿易交渉)が開かれていた。知的所有権や日本のコメ市場の開放などを巡って各国の利害が対立し、交渉は、なかなかまとまらなかった。

 経済部からロンドン支局へ配属された私は、頻繁にジュネーブへ派遣され、交渉の取材にかかわった。この交渉のトップに就いたのがサザーランドで、100か国以上の利害を調整し、最終的な合意に持ち込んだのはサザーランドだった。欧州では、弱小国のアイルランドだったのにもかかわらず、国際機関のトップに就き、交渉が合意に漕ぎつけたのは、サザーランドのずば抜けた交渉力の手腕なしには考えられない。

 記者会見の対応もとてもよく、例えば、100人以上が出席している会場で、私の同僚の記者の当時ジュネーブ特派員の会田が手を挙げると、「お前が質問がないから変だと思っていたが、やっと手をあげてくれたな」などと軽口をたたきながら、応じていた。記者にもとても愛されていた。


 世界貿易機関(WTO)のトップだった時に、単独会見にも応じてくれ、ゆっくりとした分かり易い英語で対応してくれたことを思い出す。帰り際に、オーバーを羽織ると、たまたま同じ柄で、サザーランドから「おおお・・同じオーバーじゃない。いい趣味しているね。どこで買った」などと声を掛けてくれた。

 特派員生活を終えた帰国後に、ゴールドマン・サックスの東京支社へ取材に出かけたら、たまたま、サザーランドがゴールドマンのパートナーに転身した時で、東京の担当者にWTOでの話を離すと驚いていた。国連の事務総長特別補佐などにもついて世界的に活躍されいた。
人間的にも能力的にもずば抜けた人だった。ご冥福をお祈りしたい。


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by kogaj | 2018-01-08 20:21 | 国際

新年賀詞交換会

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 先週は、イベントのため上京する機会が複数回あった。そのうちの1つが、経済3団体の新年祝賀パーティー。1995年に財界を担当して以来、都合がつかないケースを除いてほとんど顔を出している。その時々の様子が分かって面白い。
 今回の特徴は、経団連の榊原会長が、安倍政権の経済政策を100%どころか120%持ち上げたことである。手放しの褒めようというべきか。格の高い財界総理なのだから1つ位は注文を付けるのであるが、それもなかった。異例である。6月に退任するので、「もういいや」ということなのか。これでは、政高財低が一段と進むばかりである。

 演壇に立った安倍首相の挨拶で興味深かったのは、年頭記者会見でぶち上げた「憲法改正」を1コトも発言しなかったことである。なぜだろうか。それ以外は、ゴルフ談義。聴衆の笑いを誘っていたが、「低レベルの発言に終始するこんな首相で良いのかね」と疑問を抱いた。もっと格調高く会ってほしいものである。財界人は、もっと勉強しておるぞ。

 27年ぶりに会った外交官もいた。現駐日英国大使のポール・マデンである。私のロンドン特派員時代に一緒に飯を食べたなあ。自宅にも読んでいただいたことがある。キーの高い声などは当時とは変わらなかったが、一段と恰幅良くなっていた。一緒にいた駐日ドイツ大使を紹介していただいた。

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by kogaj | 2018-01-08 11:37 | 経済

水戸・偕楽園にて