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書評『炎のスプリンターー人見絹枝自伝』(山陽新聞社)

 先般毎日新聞で記者をしていたことのある友人がフェイスブックの書き込みの中で、人見絹枝さんの話を書いていた。戦前の陸上競技で数々の世界新記録を打ち立てた名選手である。今から40年くらい前の大学時代に、NHKのラジオ放送で、人見絹枝伝を番組で放送していたことを鮮明に覚えていたので、記憶に残っていることを書き綴った。

 人見さんが大阪毎日新聞の記者だったこと。仕事と並行して練習を続け、五輪などに出場、金メダルなどに輝いていたなど。放送は、人見さんが自分の半生を語る形で構成されていた。これをきっかけにネットで調べたら、彼女が書いた自伝のあることが分かり、それを取り寄せて読んでみた。

 第一印象は、文章が臨場感あふれ、面白く、とても上手い。痛快丸かじりである。新聞記者に採用されたのは、この光る筆力が評価されたためだろう。自伝は、執筆した記事や日記などを基にまとめたようだが、とにかく分かり易い。戦前の人なのに文章は、現代的過ぎる。試合に臨む自分の心の動きなどをとてもビビッドに、手に汗握る臨場感あふれるタッチで描いている。

 興味深いのは、欧州で開催された五輪や陸上の世界大会に出場した時の話である。当時の一流の選手などとの交流や期間中の様子、日本選手団がどんな形で過ごしていたのかなどを綴っている。うまくはなかったようだが、英会話もなんとかできたようだ。東京への五倫招致でIOCの役員などにも根回しをしていた。

 世界大会のあったロンドンでは、ハイドバークに面する日本人の家に厄介になって、競技会に通っていた。もっともその奥さんは英国人、ピカデリーなどで毎日食事を済ませていたが、店員らは、世界記録を持つ選手ということで別格の扱いをしてくれていた。

 織田幹夫など多くの選手は現地の食事に耐えられず、日本からの食材の到着を心待ちにしていたようだ。材料が届くと、料理人が選手たちのために腕を振るってくれた。選手らは、これを糧に、競技にまい進していた。

 驚くのは、メダルを取らなければ絶対に帰国できないとの可哀そうなほど切迫した、追い詰められた姿である。入賞できずに寝られず床の中で悶々とする様子。決勝戦の前の緊張する姿。たぶん、現在の選手たちにも共通するのだろう。戦前の話だからやたらに、大和魂、君が代、天皇陛下、お国のためなどの表現が出て来る。

 いずれにせよ、小学校の図書館の本で読んで以来遠ざかっていた人見さんが私の周辺に舞い戻ってきた。文章を通じて、直接話をしているような気持ちになった。本の効果というのは凄いなあとも思った。もっとも、24歳の若さで夭折した。その闘病記などがなかったのがやや残念だった。

NHKが放送している「いだてん」では、7月の放送で人見さんを取り上げたようだ。どんな形の取り上げ方だったのかとやや気になった。(終)

by kogaj | 2019-09-03 16:49 | 書評