カテゴリ:国際( 59 )

カーリング

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 韓国・平昌で開かれている五輪で、カーリングでの日本勢の活躍が目立っている。何回か前からの五輪から注目されるようになった。日本勢が上位の成績を収めるようになったからである。私の学生の頃に「ある愛の歌」という映画がはやった。その中で、アイスホッケーの場面が頻繁に出てきた。この影響もあって、当時、アイスホッケーが人気化した。

 スポーツが人気化するきっかけはいろんなところにある。英国・ロンドンに住んでいた約20年前に、近所の公園に、カーリングをする施設があり、お年寄りが、冬の寒い朝にもかかわらず、集まってプレーしている風景が良く見られた。日本のゲートボールに当たるんだろう、と理解していた。

 帰国後、日本でもカーリングが人気を集めていたので、驚いた記憶がある。ロンドンの冬は寒い。前日の夜に、水を撒いて氷を張らせて、プレーを楽しむのだろう。日本は北海道だと可能かもしれないが、都内などだと難しいね。ロンドンには、本当にたくさんの公園がある。広いし、緑の芝生がまぶしい。その一角でである。もっとも、その施設があるのは、一部だけなんだろうな。

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by kogaj | 2018-02-21 07:50 | 国際

ウクライナからの吉報

今朝、フェイスブックでウクライナからとても嬉しい知らせが来た。数年前に本学で勉強していた学生の筑波大への留学が決まったという。博士課程かな。やはり同じころに本学にいたコスタリカからの学生も筑波大の博士課程へ留学中。4月がとても楽しみです。盆と正月が一緒に来たような感じ。「日本大好き」が世界中に多いんですね。

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by kogaj | 2018-01-24 09:07 | 国際

合掌 ピーター・サザーランド

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 アイルランド出身のピーター・サザーランドが死去した。71歳だった。今から約20年前の1990年代中盤は、スイスのジュネーブでウルグアイランド(新多角的貿易交渉)が開かれていた。知的所有権や日本のコメ市場の開放などを巡って各国の利害が対立し、交渉は、なかなかまとまらなかった。

 経済部からロンドン支局へ配属された私は、頻繁にジュネーブへ派遣され、交渉の取材にかかわった。この交渉のトップに就いたのがサザーランドで、100か国以上の利害を調整し、最終的な合意に持ち込んだのはサザーランドだった。欧州では、弱小国のアイルランドだったのにもかかわらず、国際機関のトップに就き、交渉が合意に漕ぎつけたのは、サザーランドのずば抜けた交渉力の手腕なしには考えられない。

 記者会見の対応もとてもよく、例えば、100人以上が出席している会場で、私の同僚の記者の当時ジュネーブ特派員の会田が手を挙げると、「お前が質問がないから変だと思っていたが、やっと手をあげてくれたな」などと軽口をたたきながら、応じていた。記者にもとても愛されていた。


 世界貿易機関(WTO)のトップだった時に、単独会見にも応じてくれ、ゆっくりとした分かり易い英語で対応してくれたことを思い出す。帰り際に、オーバーを羽織ると、たまたま同じ柄で、サザーランドから「おおお・・同じオーバーじゃない。いい趣味しているね。どこで買った」などと声を掛けてくれた。

 特派員生活を終えた帰国後に、ゴールドマン・サックスの東京支社へ取材に出かけたら、たまたま、サザーランドがゴールドマンのパートナーに転身した時で、東京の担当者にWTOでの話を離すと驚いていた。国連の事務総長特別補佐などにもついて世界的に活躍されいた。
人間的にも能力的にもずば抜けた人だった。ご冥福をお祈りしたい。


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by kogaj | 2018-01-08 20:21 | 国際

驚きの教会


c0018010_9251987.jpg先日最近お目に掛かっていない先輩から連絡をいただいた。「夢に中にでてきた」、「片目をつぶっていた」ということであった。ウィンクしていたのか、それとも悲壮な顔をしていたのか。ブログを中断しているといろいろ心配をいただける。5月のパリ訪問の続きを書きましょう。


c0018010_9262255.jpgパリ滞在中に一番驚いたのは、たまたま、入ってみた教会に、私の通った中高の校名を冠にしている聖人の石像やステンドグラスが陳列されていたことである。聖人の名前を冠にした修道会があるのだが、このカトリック教会は、そことは関係ないようだ。


c0018010_9271317.jpgリュクサンブール公園の北、ルーブル美術館からセーヌ川を渡り、10分ほど歩いたところにあるサン・シェルビス教会である。かなり大きい。ここにあるパイプオルガンは世界最大級だとか。聖人のステンドグラス、石像などは、正面の入り口から入って右側に陳列されている。


c0018010_9275489.jpgフランス語でその偉業をたたえる文書も置かれている。学校教育の基礎をスタートさせた初の牧師ということである。高校を卒業後、既に40年超経過したが、こうした教会があるとは耳にしたこともなかった。それだけに驚きである。同窓生にも教えたいと思う。


c0018010_933365.jpg教会を見学して、外に出ると、目の前に巨大な噴水があった。その右側には、詩人のアポリネールの名前を取ったアポリネール通りがあった。パリは、こうした遺物の宝庫である。
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by kogaj | 2016-10-02 09:28 | 国際

アントワネットのいた牢屋

パリから帰国して大分経った。今回の訪仏で記憶に鮮明に残ったのが、フランス革命でギロチンに送られた悲劇の王妃といわれるマリーアントワネットが最後に滞在した監獄である、革命裁判所の別名のあるノートルダム寺院の近くのコンセルジェである。現在は、最高裁判所とか。
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ルーブル美術館側からシテ島への橋を渡ったところにそれはあった。ノートルダム寺院の入場券と一緒というので入ってみた。そしたらアントワネットが最後にいた専用の部屋があるというの本当に驚いた。さっそく、行ってみた。石造りの建物の中をぐるぐる歩くと、確かにたどり着いた。
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 広さは、10数畳程度か。明かり取りの窓は小さくかなり暗い。警護する兵士2人の向こう側に、王妃の人形が椅子に座っていた。隣にはベッドがあり、壁には小汚いタペストリーがかかっていた。

始終監視されていたのである。何日滞在したのかは分からないが、ここでの人民裁判で死刑判決を受けて、その後、コンコルド広場に運ばれたわけである。部屋には、親族から送られたというアントワネットがギロチンにかけられる前に、飲んだ水を入れた水差しがあった。
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部屋は薄暗く、粗末なベッドが置いてあった。小さな礼拝堂と思えるような隣の部屋の階下には、裁判などの様子が描かれた絵画がいくつか展示されていた。そこから中庭に出れる出口があった。普段はそこで日光浴ができたようだ。最後の日は、そこにコンコルド広場まで輸送する馬車が待っていたのである。

翌日コンコルド広場に行った。オベリスクが経つ広場の敷き石の上に、当時の国王がギロチンにかけられた場所との金属のプレートがはめ込まれていた。右方向にシャンゼリゼ、凱旋門が見えた。
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by kogaj | 2016-05-29 22:16 | 国際

トロント

日本を3月13日に旅立って1週間が経過しました。現在、カナダのトロント。快晴で抜けるような青空、気温1度、とても寒い。米国のテキサス州オースチンを皮切りに、3都市を訪れました。私の定年が近い将来来るので、最後の訪問かな、などと思いながら過ごしています。

いつもの訪問と違うのは、トロントに雪がないこと。より北方のモントリオールも積もっていなかった。温暖化を強く意識しました。今回のトロント訪問ではいろいろあって、雑用をこなしました。

違法行為をやったわけではありませんが、地元の警察官と2時間近く話をしてました。もちろん英語です。Canadian Hospitalityを感じました。なかなかいい旅行でした。

ホテルのすぐ隣に札幌ラーメンがあるというので、どれどれと見に行きました。山頭火とアルファベットで書いてありしたね。思いもよらず、いろんな都市に進出しているのですね。

訪問前にNYT紙で米オースチンの食べ物紹介で、ラーメン屋が登場しておりました。うちの親戚らとともに行ってみました。30畳くらいの広さの店内のテーブルはお客さんで一杯。NYT紙に紹介されるだけあるなあ、と感激しました。

味はトンコツ、3人とも九州出身なので、美味い美味いと声をあげながら食ってました。チップ入れて30ドル超。まあまあの感じではないですね。
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by kogaj | 2016-03-21 06:38 | 国際

盗聴


c0018010_6451397.jpg米政府による国際的な盗聴問題が再びクローズアップされている。米諜報機関がドイツのメルケル首相の携帯電話をここ10年以上も盗聴していたとの事実が、内部告発によって明らかになっている。米政府は、現在、そして将来は独首相の携帯の盗聴はしないと言っている。

だが、過去の盗聴についての言及は避けている。米国のメディアはこれをどのように報じているのだろうか。ウェブサイトを見ると、CNNは、特別の枠を設けて関連の記事を過去の分から並べている。ニューヨークタイムズはどうか。

私が見る限りは、昨日そして本日とも掲載されていない。これはいったいどういうことであろうか。日本の首相の電話も盗聴されているのか。仮にされていないとすればなぜなのか。1年ごとに交代するから盗聴すべき携帯の電話番号を突き止めるまでには至っていない、とすれば、短期による首相交代のけがの功名というべきかな。
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by kogaj | 2013-10-28 06:40 | 国際

マララの日、国連本部


c0018010_12341564.png昨年11月、パキスタンで、イスラム原理主義「タリバン」による銃の乱射で瀕死の重傷を負って、英国に運ばれ一命を取り留めた少女マララ・ユーサイさんが昨日、ニューヨークの国連本部に招待され演説した。新聞に掲載されていたので、どれどれ、とBBCやCNNなどで視聴してみた。圧巻の演説である。

彼女の住む地区で、女性や子供らの教育を弊害を説くタリバンは、こうした教育を受ける子女らに対し暴力で、これを止めるように迫っている。昨年11月下校する途中のバスの中にタリバンの兵士が突然乱入し、「マラはどこだ!」と大声を挙げ、銃を乱射、マララの近くにいた少女が銃撃を受けて即死するなど被害者が出た。

なぜ、マララが被害に遭ったのか。それは、タリバンに対し、子女教育の重要性をネット上で発信続けていたからである。パキスタン内での治療は無理と、空路英国へ運ばれた。耳などを中心に頭蓋骨が損傷していたが、英国のエリザベス女王病院の高度な治療の結果、聴力も失わずに済んだ。そして昨日である。

昨日は、マララの16歳の誕生日でもあった。画像で見ると、かなり大人びている。英語の発言もとても分かりやすい。「何をしゃべろうと思ったければ、考えつかない」などとしゃべりながらも、「テロリストは私の意図を変え、私の願いを止めさせようとしたが、何も変わらなかった」「私の中の、恐怖、畏れ、絶望は消滅し、強さと力、勇気が生まれた」「本とペンが過激派を怯えさせている」などと堂々と語った。

終了後は、演説をたたえるスタンディングオベーションが続いた。早くも12月のノーベル平和賞の名前が出ているようだ。
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by kogaj | 2013-07-13 12:21 | 国際

久しぶりの英国

BBCの取材で、ロンドンに行き、本日帰国しました。明日からまた、仕事です。取材も仕事でしたが。
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by kogaj | 2013-04-29 23:25 | 国際

英文の履歴書

ある外国の会社を調査することになった。役員などにも会う予定である。その関連で先方から英語の履歴書を出してくれと言われた。当方の日本語の履歴書を先方が英語に翻訳してくれればとも思うのであるが、まあ、一回書いておくのもいいかと考えてて書くことにした。

もっとも初めてだからどう書けばよいのかも分からない。図書館に行って英文履歴書を借りてきた。本をめくりながら書き始めた。だが、私のケースに符合するモデルケースがない。それは当然なのかもしれない。なぜなら、経歴書を書くのは多くが職を求めた人間だからだ。

私は単に、自分のことを紹介するだけだ。そうこうするうちにアイデアがひらめいた。そういえば、先方がインタビューする人物の簡単な経歴を私に送ってくれたのを思い出した。これをまねて書けばよい。そう決めると気が楽になった。

スラスラスラ、1時間後には何とか出来上がっていた。案ずるより産みが易し、ということか。もっとも英文に誤りがなければの話であるが。
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by kogaj | 2013-04-20 19:52 | 国際