カテゴリ:友人( 61 )

ゼミの同窓会


c0018010_6445725.jpg35年前に卒業した大学の遠藤湘吉ゼミの同窓会があった。私が一番若いというから皆さんどんな会合になったかは、ある程度想像できるでしょう。健康論議、孫の話などは、お年寄り特有の話題です。それが飛び交ってました。マラソンに150回出場したと自慢する方もおられました。80代にもかかわらず、確かに、とてもお元気でした。

当時公害問題が争点となっており、これを含めた都市問題を扱う遠藤ゼミは、私が在籍中に亡くなられた。その命日をちなんで毎回、この10月19日に開かれる。豪快な先生だったが、病魔には勝てなかった。無念だったことだろう。

会合は、上野の池之端のお堀端に立つ中華料理で開催。ゼミ出身者が経営するお店で格安で提供してくれる。味は結構よい。紹興酒の好きな私も、これをたらふく飲んで楽しかった。多くの先輩は、既に仕事を引退されて、悠々自適の生活を送っておられる。とても参考になる話がたくさんありました。流石に遠藤ゼミです。

終了後先輩と4人で近くの喫茶店へ。3人の先輩とは、いずれも40年ぶりの再会でありました。いずれも金融機関に就職され、今は、系列の会社で仕事をされている。いろんな話に花が咲いた。いつまでたってもあの頃の記憶は変わらない。先日は小学校でしたが、同窓会はいつまで経ってもいいもんですね。
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by kogaj | 2012-10-20 06:38 | 友人

同窓会

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先日、週末を利用して田舎に帰ってきた。介護施設に入っている母の見舞いがメインなのだが、小学校の時の同級生が集まってくれた。そこで即席の同窓会。とても楽しかった。同性だけの高校や大学の同窓会とはやはり趣が違う。3つ子の魂、100まで、という諺があるが、歳をとっても、人間余り変わらないものであることを実感した。

今年で80代の後半の母親は、1年前から介護施設に入っている。食事や洗濯などのほか、日常の面倒も見てくれる施設で、健常者とほとんど変わらない生活を送れるし、生活にリズムが出てくるのだろう。一人で生活してた時は、食事も余りとらなかったこともあるのだろうか。この施設は、1日3度の食事とおやつの時間などもあるため、やせ細っていた1年前に比べてかなり元気になった感じ。

あと10年は確実な感じ。100歳まで手が届きそうといっても過言ではない。長生きしてもらうのは大変結構なことなのだが、記憶の方が定かでない。同じ年代のお年寄り並みになっている。同じ話を、あるインターバルでエンドレステープのように繰り返ししゃべる。ハイハイと答えればよいだけなので、当方は別に苦痛ではないのだが、自分もあと20年もするとこんな感じになるのかなと思うと感慨深いものがある。

さて、同窓会。玄関口のJRの駅前のすし屋で挙行。なかなか素敵な感じ。銀座や六本木にもありそうな内装だ。否、今日本全国同じかもしれない。水戸にだってありそうなところだ。ITの時代だもんね。集結したのは9人。医師会の理事会があると言って9時過ぎ駆けつけてくれた地元のマスコミでも超有名人のお医者さんも。

皆、昭和20年代後半に生まれたとは思えないほどの若さ。セレブに一段と磨きの掛かったIさん。少女のようなIさん(期せずして同じイニシャル)、Tシャツ姿でも十分の貫録のK氏、ただの酔っぱらいの私。2軒目に行ったら知事がいて、日本の国政について議論、知事に国政に出たらどうかと水向けたら・・・・・・・・。

答えは・・・・。そこはさすがの酔っぱらいの私、覚えてない。議論するうちに、この前は、隣の県の知事と飲んだことを思い出した。楽しい友人らと夜は、このようにして更けていきました。
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by kogaj | 2012-10-19 04:45 | 友人

暑い東京


c0018010_433498.jpg先日、会社を円満退社した友人のねぎらいもあって銀座へ出向いた。久しぶりである。少し前にここでメダリストのパレードがあったのか、と4丁目の交差点で空を見上げると、夏の太陽が、相変わらずギラギラしていた。暑いはずである。

夕刻蕎麦屋で懇談、大入り満員である。夏は、そばに限る。もっともお昼は釜飯を楽しんだのであるが。ここも美味かった。焼き鳥もあって、これをパクついた。ビールにあう、夏はこれに限るね。100人超入れるお店で、さまざまな国からお客さんが来ていた。ウェイターも外見から東南アジアの学生、それもインド、パキスタン系とみられる彫の深い男性が多かった。

中国人らしき、トーンの高い言葉をしゃべるお客が10人以上の団体客で来ていた。ウェイターと、メニューを巡り、何やら話していた。5分くらいすると、全員が去った。中国語のメニューがなかったのかな。英語くらいは揃えているだろうに。英語が話せないのに外国旅行するのはやや無謀な感じがするね。

懇談が終了した午後8時過ぎ外に出た。むっとした。暑い、暑い。だが、地元の東京勢は、「いつもより、涼しいねえ」とのたもうていた。その瞬間、「水戸は涼しいんだあ」と実感した。最低気温を比べると、我が水戸は23度くらい。これに対し東京は27度前後。

25度を下回るとさすがに凌ぎやすくなる。田舎もそれなりにいいところがある。そんなことを実感した夜だった。
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by kogaj | 2012-08-28 04:31 | 友人

虫の知らせ


c0018010_16534633.jpg8月中旬に県内のある大学で非常勤講師を務めることになっている。その関係で、その大学の近くに住む友人のことを、かつてのその上司に聞いた。すると、なんとこの10日にご逝去されたというではないか。一瞬、絶句、驚くばかりである。同時に冥福をお祈りせざるを得なかった。自分より年齢の若い方が亡くなるのを聞くにつけ、さびしい思いをする。合掌。

最後にお目にかかったのはいつだったろうか。一昨年の冬だったか。新橋のイタリア料理店でお目にかかった。腰痛がひどいということで、1時間ほどで帰宅された。その時に、既に全身にがん細胞が浸透していたようである。

そこにお邪魔するとたびたびお目にかかっていた。カラオケなども楽しんだ。記憶は鮮明ではないか、有名な花火なども一緒にみたのではなかろうか。

元気で、とても明るい人だった。頑張り屋で某6大学の大学院も夜間で卒業された。その関係もあって本社勤務になられたようだ。中高の子供さんを残されて他界された。葬儀に出席した上司であった友人は、「辛い葬式だった」と言っていた。さぞや参列者の多い葬儀だったろうに。この8月が初盆となるのだろうか。

友人は、私の問い合わせに、「虫の知らせなんでしょうね」と語っていた。実は、2週間ほど前に寺田さんのことが私の頭の中をよぎった。がんを格闘されていることを聞いたことがあるからだ。この瞬間がまさに、「虫の知らせ」だったのかもしれない。
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by kogaj | 2012-07-23 16:52 | 友人

友、遠方より来る


c0018010_7434245.jpg先日の休日の早朝、友人から我がパソコンに電子メイルが突然来た。夕刻に水戸に寄るという。たまたま空いていたので、OKと連絡。件の友人は、夕刻に現れた。

電話などの連絡はよくとっているのであるが、会ったのは1年ぶりくらいか。かつては同じ寮に寝泊まりし、職場も近く、毎日のように顔を合わせていた仲である。福島の方に出かけ取材をした帰りのようだ。最近出た文庫本を一冊いただく。巻末に、芥川賞作家の荻野アンナが書評を書いている。

腹も減ったし、水戸駅の周りで食事ということになった。駅周辺をぶらぶら歩いたのだが、一向に適当な場所が見当たらない。結局、一回りして戻り、駅近くの、ある居酒屋チェーン店に入った。流石に休日、ガラガラとは言わないがそれに近い状態。客にとってはそう悪くはない。

ビールを飲んで、いろいろ注文する。当店ナンバーワンという餃子も食してみた。意外にいける。2皿目も追加した。ビールからお酒に、当方はワインが好きだから、それに変える。これも味は、いずれも悪くはない。結構飲んだなあ。

そうこうするうちに、ウェイトレスと話を交わした。本学の学生だという。お隣さんのゼミの先生の所属のようである。これには心底驚いたが、平静を保って、「先生によろしくね」と声を変えておいた。水戸ではよくあることである。平静を保つのが教員の流儀である。
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by kogaj | 2012-05-25 07:41 | 友人

同窓会


帰省中に3つ同窓会があった。いずれも私的なやつだ。小学校の関係といっていいだろう。そのひとつは、実家の近くのイタリアンで敢行。女子会3人に男子が2人加わった。うち一人が小学校では、生徒副会長、中学高校では、いずれも生徒会長をされたつわものの女性、Iさんである。目が大きい美人で、出目金という綽名をつけられていたようだ。可哀そうに。

誰もが、県会議員などになられるものと思い込んでいたのだが、そうではなかった。幼稚園の先生になられ、そのまま家庭に入った。そんな感じの女性軍。あとはお巡りさんと私。6時半にスタート、10時ごろまでワイワイやっていた。45年前にひとっとび。面白かったなあ。
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by kogaj | 2012-03-13 23:19 | 友人

木村先生

今回の帰省は、鹿児島大学法文学部の木村先生との面談も目的のひとつであった。国際関係論を教えておられる先生で、ネットでも意欲的に情報発信されている。その発信力には驚くべきものがある。その秘密をご教授いただきたいとお目にかかった。

研究室にお邪魔すると目を見張った。まるで図書館の書庫である。うずたかく積まれた書類や本。足の踏み場もない。空間を作っていただき、お茶を入れていただいた。とにかく本ばかりである。国際関係論を深めるために1980年代にユーゴに留学されたという。

当時、共産圏陣営ながらも自主独立路線を歩んでいた。国際政治の中で、絶妙な生き方を続けるユーゴの秘密を学ばれたようだ。ちょうど昼時だったので、ランチをご一緒させていただいた。鹿児島では珍しい蕎麦屋に行く。かも南蛮を食したのであるが、かなりうまかった。

ホームページなどを読んでみると分かるが、木村先生は、多彩な先生である。マスコミ論から政治論、国際政治学、いろんな方面に見識を持たれている。これからも意見交換することで短い2時間を終えた。
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by kogaj | 2012-03-11 15:28 | 友人

ベートーベン第9交響曲


チケットがあるというお誘い。物見遊山の気分で都内のシンフォニーホールの音楽会に出かけた。先日にも出かけたので、今年はこれで2回目。見納めならぬ、聞き納めである。流石に第九、ホールは人でいっぱい。指揮者はロシア系の名前だな。

第4楽章が、中学校の教科書に「喜びの歌」でも掲載されていたこの曲は、一般にもよく知られている。第1章から合わせると、全部で74分。結構長い。皆さんがご存知のように合唱付き。オーケストラが総勢100人程度、合唱団がやはり100人。オペラ歌手かと見まがうようなキラキラした姿の4人もみえる。

2階の最前列の最高の席。全体がよく見える。オペラグラスを友人が持参したので、それで指揮者などをみる。第4楽章に入り、合唱が入りだすとやはり凄い。揺さぶるような歌声がホールを埋め尽くす。楽器の全開でありったけのパワーを吐き出す。新年を迎えるにふさわしい歓喜の歌である。

この曲の合唱の部分の歌詞がシラーの詩から取ったとは知らなんだ。耳の不自由なベートーベンがこの壮大な曲を生み出したというのも凄い。人間、努力すれば、障害を乗り越えて可能なんだなあと痛感する。

終了後は駅近くで祝勝会。今年もあと2週間程度となりました。最後に友人よ、ありがとう!!!
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by kogaj | 2011-12-19 07:35 | 友人

三途の川


先日久しぶりに旧友と交歓会。その場で三途の話がでた。出席者の実話である。20代の頃に、死亡直前まで行くような大変な思いをした経験を語っていただいた。その瞬間は、走馬灯のようにいろんなことを思い出すそうである。結構気分がよかったようだ。

そうするうちに三途の川の端まで来たとか。向こう岸が見えるところまで接近したといっていた。もう一人もまた同じように、三途の川まで来たそうだ。すると向こう岸に自分の死んだ両親がいたそうだ。両親は、まだまだ早い、こちらに来てはだめだと合図をしてくれて辛くも川を渡ることはなかったようだ。

本当に三途の川はあるのですなあ。私もいつ川わたることになるんですな。
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by kogaj | 2011-07-24 16:58 | 友人

久しぶりの東京


c0018010_1913826.jpg先日久しぶりに東京に行ってきた。定期路線が復旧したためである。1カ月ぶりくらいかもしれない。当然のことであるが、都内はいつもと変化はなかった。時間があったので八重洲地下街をぶらついた。

京橋へ抜けるところの地下街の店のほとんど閉鎖になっていた。地震でめちゃくちゃになったのかと思って、警備員に聞いたらそうではなかった。単に、入れ替えのようだ。地震後1カ月なので何でもそれに関連して考えてしまうな。

中央通り沿いに歩いて銀座方面に行く。道の両側で高いビルが並んでいる。その下を歩くとやはり地震のことを考えてしまう。揺れでガラスが割れ、上から落ちてきたとしたらどこに逃げようか。そんなことばかり考えていた。

友人と会って食事をした。話題はやはり地震の話だ。走行中の地下鉄が突然ストップしたりするそうだ。「地震のため停車です」との放送が流れるとか。余震が続く折は、歩いた方がいいのかね。

あの日は東京でも大変だったようだ。渋滞、交通機関も不便だったようだ。会社に泊まった人も少なくなったとか。停電で直ぐ寝た私は結構、運が良かったのかなと思ったぜ。
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by kogaj | 2011-04-04 19:08 | 友人